ミッドライフクライシス。

この言葉を、最近見かけるようになりました。

40代前後になって、ふと立ち止まる。

このままでいいのかな。
今の働き方を、あと何年続けるんだろう。
家族のことも、仕事のことも、ある程度は形になってきた。
でも、自分の人生はこれでよかったんだっけ。

そんな感覚に名前をつけるなら、たしかにミッドライフクライシスなのかもしれません。

でも、私は少し気になりました。

これは本当に「危機」なのだろうか。

それとも、今まで見ないようにしてきたものが、ようやく見えるようになる時期なのだろうか。

今回は、ミッドライフクライシスについて調べながら、人生2周目の視点で考えてみます。

ミッドライフクライシスとは何か

ミッドライフクライシスは、日本語にすると「中年の危機」と訳されることが多い言葉です。

だいたい35歳から65歳くらいの中年期に、自分の人生や将来に対して不安、焦り、虚しさ、迷いを感じる状態として説明されます。

たとえば、こんな感覚です。

仕事では、ある程度できることが増えた。
でも、若い頃のように、ただ前へ進めばいい感じではなくなってくる。

家庭では、子どもの成長や親の老いが見えてくる。
自分自身の体力や見た目の変化も、少しずつ感じる。

お金、仕事、家族、健康、将来。

全部が急に崩れるわけではないけれど、全部をこのままでいいのかと考え始める。

だからミッドライフクライシスは、単なる落ち込みというより、人生の前半で作ってきたものを見直す時期なのかもしれません。

この言葉はどこから来たのか

ミッドライフクライシスという言葉は、もともと1960年代に使われるようになった言葉です。

1965年、心理学者のエリオット・ジャックが「Death and the Mid-life Crisis」という論文の中でこの言葉を使ったとされています。

そこで扱われていたのは、中年期に人が自分の死や限られた時間を意識し、創造性や生き方に変化が起きるというテーマでした。

つまり最初から、単に「40代になると落ち込む」という軽い話ではなかった。

人生の残り時間が見えてきた時、人は何を作るのか。
何を続けるのか。
何を手放すのか。

そういう、かなり深い問いとつながっていた言葉だったのだと思います。

今では、ミッドライフクライシスという言葉はもっと広く使われています。

急に高い車を買う。
若さを取り戻そうとする。
仕事や家庭に行き詰まる。
今までの人生に疑問を持つ。

そういうイメージで語られることもあります。

でも、調べてみると、この言葉の中心にあるのは、派手な行動そのものではなく、「自分の人生をどう受け止め直すか」という問いなのだと感じました。

でも「誰にでも必ず起きる危機」ではない

一方で、ミッドライフクライシスは医学的な診断名ではありません。

40代や50代で悩む人はいます。
人生の見直しが起きる人もいます。
働き方を変えたくなる人もいます。

でも、それがすべての人に、同じ年齢で、同じ形で起きるわけではありません。

研究の世界では、ミッドライフクライシスを「中年期に必ず訪れる特別な危機」と見ることには慎重な意見もあります。

つまり、ミッドライフクライシスという言葉は便利だけれど、それだけで自分の状態を決めつけなくてもいい。

「私は今、ミッドライフクライシスなのかもしれない」

そう名前をつけることで、自分の迷いを少し扱いやすくなるなら、その言葉を使っていい。

でも、

「40代だからもう遅い」
「中年だから落ち込むのは仕方ない」
「ここからは下り坂だ」

と決めつける必要はない。

大事なのは、危機という言葉の中に、自分の場合は何が含まれているのかを見ることだと思いました。

40代前後で立ち止まりやすい理由

40代前後は、いろいろなものが同時に重なりやすい時期です。

仕事では、若手ではなくなります。

できることも増えるけれど、責任も増える。
上の世代と下の世代の間に立つことも増える。
このまま会社の中で上がっていくのか、別の道を作るのか、考える場面も出てきます。

家庭では、子どもがいる人なら子どもの成長段階が変わります。

手がかかる時期から、お金がかかる時期へ。
親が元気だった人も、少しずつ介護や老いを意識し始める。

そして、自分自身の身体も変わります。

疲れやすさ。
回復の遅さ。
若い頃とは違う見た目。
健康診断の数字。

どれか一つなら受け止められることでも、まとめて来ると重くなる。

だから40代前後のしんどさは、気合いが足りないからではなく、人生の複数の課題が同時に重なるから起きる面もあるのだと思います。

「危機」ではなく「再設計」と考えてみる

ミッドライフクライシスという言葉には、少し怖さがあります。

危機。
崩れる。
行き詰まる。
間違っていたと気づく。

でも、人生2周目の視点で見ると、少し違って見えてきます。

これは、人生の前半が失敗だったという話ではない。

むしろ、ここまで生きてきたからこそ、見えるものが増えたということ。

何が得意か。
何が苦手か。
どんな人といると疲れるか。
どんな仕事なら続けられるか。
何にお金を使うと満足するか。
何をしている時に、自分が戻ってくる感じがするか。

若い頃にはわからなかったデータが、40代前後にはたくさんあります。

だからミッドライフクライシスは、人生が壊れる合図ではなく、人生を再設計するタイミングなのかもしれません。

人生2周目は、やり直しではなく選び直し

このサイトでは、人生2周目を「やり直し」ではなく「選び直し」と考えています。

やり直しという言葉には、どこかリセット感があります。

過去を消す。
前の人生をなかったことにする。
ゼロから別人になる。

でも、40代前後からの人生は、そんなに簡単にリセットできません。

仕事の経験もある。
家族との時間もある。
得意なことも、苦手なことも、失敗も、悔しさもある。

全部を持ったまま、次の選び方を変えていく。

それが人生2周目なのだと思います。

ミッドライフクライシスで出てくる問いは、たとえばこうです。

今の働き方を続けたいのか。
自分の名前で何かを作りたいのか。
誰かに評価される場所だけで生きたいのか。
収入源を一つだけにしておきたいのか。
本当に行きたい場所に行っているのか。
本当に使いたい時間の使い方をしているのか。

こういう問いは、しんどいです。

でも、問いが出てきたということは、まだ選び直したい場所が残っているということでもあります。

ミッドライフクライシスを、小さな実験に変えてみる

ミッドライフクライシスの中にいる時、何かを大きく変えたくなることがあります。

会社を辞める。
住む場所を変える。
起業する。
これまで続けてきたものを手放す。

私は、そういう選択が悪いとは思いません。

むしろ、何かをやめることで、ようやく新しいことに挑戦する時間が生まれることもあると思っています。

ずっと抱えてきた役割。
合わなくなった働き方。
誰かの期待に応え続ける時間。

それらを手放すことで、初めて自分のための余白ができることもある。

だから、やめることは必ずしも逃げではない。

次の挑戦のために、時間とエネルギーを取り戻す選択でもあると思います。

ただ、人生を大きく変える前に、自分が本当に何を求めているのかは見ておきたい。

会社を辞めたいのか。
それとも、今の働き方を変えたいのか。

場所を変えたいのか。
それとも、今いる場所での役割を変えたいのか。

起業したいのか。
それとも、自分の名前で何かを作ってみたいのか。

全部を一気に変えなくても、小さく試すことはできます。

気になっていた発信を始める。
小さな商品を作ってみる。
副業案件に応募してみる。
昔好きだったことをもう一度やってみる。
お金の使い方を見直してみる。
旅に出て、いつもの自分から少し離れてみる。

大きな決断を否定するためではなく、その決断を自分のものにするために、小さく実験してみる。

ミッドライフクライシスを、人生を壊すものとして扱うのではなく、次の選択を試すサインとして扱う。

そう考えると、この時期の迷いは、少し違って見えてきます。

まとめ

ミッドライフクライシスとは、中年期に起きる不安や迷い、人生の見直しの感覚を表す言葉です。

もともとは、人生の残り時間や死を意識する中で、人が生き方や創造性と向き合うテーマとして語られた言葉でした。

でも、それは誰にでも必ず起きる決まった危機ではありません。

そして、起きたとしても、それは人生が終わる合図ではない。

むしろ、これまでの経験を持ったまま、次の地図を描き直すタイミングなのかもしれません。

このままでいいのかな。

そう思った時、すぐに答えを出さなくてもいい。

ただ、その問いをなかったことにしない。

そこから、人生2周目は始まるのだと思います。

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